広隆寺で感じる日本の歴史とは

出典:広隆寺 – Wikipedia

広隆寺は、今より1400年前に建てられた、京都の最古のお寺になります。そこに祀られているのが、弥勒菩薩半跏思惟像になります。そのお姿の美しさはなんと日本一とも言われています。さて、広隆寺の魅力はもちろん、歩んできた歴史を詳しくみていくとしましょう。

広隆寺は、京都の西北太泰に位置します。このお寺は、聖徳太子の1番近い家来だったとされる秦河勝によって建てられました。広隆寺は、仏教が中国から日本に伝えられてから、1番最初に建てられたお寺になります。今では、日本最古のお寺とも言われています。さて、広隆寺を建てたとする聖徳太子家来の秦河勝とは、どんな人物かを少しお話ししていきましょう。秦河勝は、元々は漢民族でしたが、後に帰化したと言い伝えられています。漢民族とは、中国の人口の90%以上のとても大きな民族になります。彼は、日本に土木や農業、酒の醸造、養蚕、治水等の技術など、さまざまな漢民族の技と知恵を教え、伝えた人という事です。これらの知識を持った秦河勝は、聖徳太子の右腕として、能力を発揮していたことは間違いないと言えるでしょう。さて、今度は広隆寺の建物の歴史について、ご紹介しましょう。広隆寺がこの場所に移されたとされたのが、平安京遷都前後と言われています。元々は違う場所に建てられていたのが、この地に移り、名称も時代ごとに変化してきました。蜂岡寺や秦公寺、太秦寺などと名を変えながら、今の広隆寺へ行き着きました。 [hr][/hr]

日本一の美しさを誇る弥勒菩薩半跏思惟像

このお姿が見られるのは、新霊宝館になります。実は広隆寺には、弥勒菩薩半跏思惟像が2体祀られており、そのどちらも同じ場所に祀られています。日本で一番美しいとされるのは、宝冠弥勒菩薩で、国宝の第一号にあたります。どんなお姿かと言うと、片足を降ろした状態で腰かけ、頬に片手を当てながら、なにかを考えているお姿になります。一体何をお考えになっているのかと言うと、あの世で未来に人々をどのように助けるべきかを考えていると言われています。 [hr][/hr]

広隆寺の御朱印

こちらで頂く事が出来る御朱印は、「弥勒菩薩」「太子楓野別宮」の2種類になります。「弥勒菩薩」は、墨書の日付のみとなり、他は全てスタンプの物になります。「太子楓野別宮」も同様です。御朱印は、庫裏の横の受付で頂く事が出来ます。またこちらでは、オリジナルの御朱印帳の販売はされていません。 [hr][/hr]

広隆寺のアクセス

こちらに行くには、電車かタクシーが便利になります。 電車の場合は、1度乗り換えが必要になります。まずは京都駅から31番~33番のJR嵯峨野線に乗りましょう。下車駅は、5つ目の太秦駅になります。そこから徒歩6分程で、乗り換えの駅である嵐電「帷子ノ辻駅」に到着します。1つ先の駅「太秦広隆寺駅」 で下車しましょう。駅を降りると目の前に広隆寺がありますので、迷う事はありません。もしタクシーなどを利用して行く場合は、約40分で、広隆寺に到着します。その場合おすすめなのは、貸切にすると、その他の観光地もスムーズに迷う事無く辿り着けるので、色々な観光地を効率よく回りたい方にはおすすめです。 [hr][/hr]

広隆寺の詳細

■住所 〒616-8162  京都府京都市右京区太秦蜂岡町32 ■電話 075-861-1461 ■時間 午前9時~午後5時 12月~2月の間は、午前9時~午後4時半 [hr][/hr]

広隆寺の歴史や魅力をご紹介してきましたが、私たちの住んでいる国であるにも関わらず、まだまだ知らない事が多いと感じた方もいるでしょう。これをきっかけに、日本の歴史に興味を持っていただくことが出来れば幸いです。あなたも日本一美しいとされる弥勒菩薩半跏思惟像のお姿を、その目で実際にご覧になってみてはいかがでしょうか?