秋は紅葉、そう決めつけていると伏見の魅力を見落としてしまうかも。伏見を知って、伏見を楽しむための総ざらえ。

京都観光で少し盲点になりがちな伏見界隈について語ってみます。現在では京都市の一部となっている伏見区ですが、歴史的にも京都とは違った位置づけになります。それも踏まえた上で、伏見の楽しみ方をあれこれご紹介していきましょう。秋ならではの魅力も、もちろん含まれますが、伏見の楽しみはそれだけではありません。

伏見区は京都市の最南端に位置する行政区です。この伏見界隈を観光目線で眺めると、古都京都というキーワードから連想されるイメージとは異なった姿が浮かび上がってきます。行政区分上は京都市の一部でも伏見には伏見の魅力があり、京都観光という枠組みにとらわれることなく、それを楽しむのが伏見との接し方です。

伏見稲荷大社への眼差し

たとえば伏見稲荷大社。伏見の名前を冠する観光物件で、おそらくはもっとも有名なものがこの伏見稲荷です。ところが、ここに向けられる眼差しは、歴史や由緒といった方面が強調される洛中の神社仏閣とは少し異なっており、千本鳥居が醸し出すアーティスティックな幻想性が強調されたりしています。 もちろん、伏見稲荷には千年を越える由緒があります。しかし、そうした歴史性よりはビジュアルに訴えるストレートな美しさが海外の人たちの支持を得て、現在の伏見稲荷人気となっているのではないでしょうか。

歴史抜きでも楽しめるスポット〜城南宮

また伏見稲荷と同じように長い由緒を誇る場所ながら、歴史性とは別の魅力でアピールしているのが鳥羽の城南宮です。春の桜、秋の紅葉等々、異なる5つのエリアで構成される広大な神苑を飾る折々の草木が城南宮の魅力です。植物園さながらの規模となっていますので、伏見界隈で秋色探しをするのなら、伏見城跡とともに外すことのできないスポット、それが城南宮の神苑です。

伏見城跡をめぐるあれこれ

話題が及びましたので伏見城跡についても触れておきます。伏見城は豊臣秀吉が築き、江戸時代の初期には廃城となった安土桃山時代を代表する城郭です。その名前を借りて昭和時代の中期に遊園地内の施設として建造されたのが伏見桃山城で、伏見城跡というと、この昭和の天守閣を含めてさまざまなバリエーションがあります。 まず天守閣について。前述した通り、厳密には伏見城の再建でも何でもない昭和の建造物です。しかし、伏見界隈のシンボルのように目立っていたこともあって、遊園地が閉園となった後にも取り壊されることなく現在に至っています。 安全性や管理責任の関係から建物は立入禁止ですが、伏見桃山運動公園の駐車場から天守閣のすぐ近くまで寄ることは可能です。 続いてに外堀について。旧伏見城の外堀は現在の市街地を流れる濠川となっています。また天守閣が建造された場所の北側には伏見城本来の外堀跡があり、周囲に遊歩道も備えた伏見北堀公園として整備されています。植樹も工夫されているので、伏見界隈で秋の彩りを堪能できるスポットです。その他、大手門や石垣の一部が御香宮神社に移築されていたりと、さまざまな形で伏見城の遺構は目にすることができます。 なお伏見界隈を離れるのなら、城門や血天井などの形で遺構は各地の神社仏閣に散らばっていますので、それらを探していくだけでも有意義な京都探訪となってきます。

京都の表玄関だった伏見界隈

ところで、伏見の魅力を探っていくと、古都のイメージとは異なったものが浮かぶと言う話を最初にしました。これは世界遺産「古都京都の文化財」の印象が強すぎて、京都に対する認識が偏ってしまうがために起きています。そこで伏見と京都の違いを歴史的なところからも少し振り返っておきましょう。 京都の歴史を俯瞰するなら、平安京に代表される王朝時代や和風文化の原型が作られた中世、室町時代の印象が強くなります。それに対して伏見が歴史の前面で輝いていたのは豊臣秀吉が伏見界隈に権力の拠点を築こうとした時代だったり、幕末の動乱期だったりします。実はこれらには共通点があります。それは運輸の大動脈が淀川を用いた水運だった時代ということです。 つまり、伏見界隈が京都に対する物資と人の表玄関だった時代ということです。秀吉が伏見を重視したのも運輸の喉元を抑えるためですし、幕末期に伏見を舞台に数々の騒乱が生じたのも多くの人や物資が伏見を行き来していたからです。

近代の行政区、伏見市

近代になって、京都市とは別の伏見市という行政区が作られました。この伏見市は、昭和の初期、京都市が周辺の市町村と合併を行う際に京都市の一部に組み込まれ、現在の伏見区となっています。伏見界隈の街歩きをしていると、昭和初期に設置された町名案内板が残されていて、そこには「伏見市」の名前を確認することもできます。 秋ならではお楽しみというと、どうしても公園や神社仏閣の木々の色づきといったところに偏ってしまいますが、伏見の楽しみは伏見の歴史をきちんと抑えることによって見えてくる、もう一つの京都の姿と言ってもいいのではないでしょうか。