にぎやかな四条寺町のビルに囲まれた「火除天満宮」

火除天満宮

菅原道真公をご祭神として祀り、全国に約12000社あるといわれる天満宮・天神社。京都随一の繁華街・四条河原町からすぐの場所にも天満宮があるのをご存じでしょうか?火除けの神様としても信仰を集める「火除天満宮」で、寺町通の四条を下がった東側にあります。東に高島屋、西に藤井大丸など、商業ビルの谷間に飲み込まれるようにして立ち、敷地内にはライブハウスも入るなど、繁華街に見事に溶け込んでいます。


火除天満宮
隣のビルを支えるようにして立つ鳥居をくぐって境内へ。
火除天満宮
火除天満宮
マンションの廊下のような参道です。
火除天満宮
細い参道の先に、延命地蔵尊と天道大日如来を祀るお社が見えます。
火除天満宮
本殿です。
火除天満宮
境内社として稲荷社、大国主社、そして天満宮ならではの白太夫社もあります。創建は安土桃山時代の天正7年(1579)。九州での兵乱を避けるため、ひとりの老神宮が菅原道真公の尊像を背負って京都に入り、六條街あたりに道真公の像を祀ったのが起源といわれています。

幾度の移転を経て現在の四条寺町へ

「本能寺の変」
のあとの天正15年(1587)、烏丸二条に織田信長・信忠父子の菩提を弔う「大雲院」が創建され、火除天満宮社はその鎮守社として迎えられました。その後、豊臣秀吉公の区画整理よって大雲院とともに現在地の四条寺町へ移転したのは、慶長2年(1597)のことです。時は流れ、大雲院は昭和48年(1973)に祇園・東山へ移転。四条寺町の大雲院跡地は高島屋の駐車場になりましたが、火除天満宮社は現在もビルの谷間に姿を残しています。
火除天満宮

京都の大火を何度も免れたことから、火除け信仰を集めるように

幕末の元治元年(1864)に起こり、京の都を焼き尽くしたといわれる「蛤御門の変(禁門の変)では、火除天満宮のある一帯だけが奇跡的に焼失を回避。その後も繰り返し発生した京都の大火でもたびたび類焼から免れたことから、学問成就とあわせて火除けの神様としての信仰も集めています。

もちろん学問の神様としても信仰が厚く、境内には撫で牛も鎮座

除け信仰が厚い火除天満宮は、菅原道真公を祀る天満宮として学業成就にもご利益があるとされています。京都のある天満宮の中でも、特に道真公にゆかりの深い25社を参拝する「洛陽天満宮二十五社巡拝」。境内には「洛陽天満宮廿五社第6番札所」の石碑が立っています。
撫で牛
また、天満宮では牛が神様のお使いとされる通り、こちらの境内にも「撫で牛」が鎮座しています。しっかりと撫でて拝み、ご利益を授かりたいですね。
伏流水を汲み上げた御神水

御朱印を授与してもらえるのは意外な場所!

こちらの御朱印は1種類(有料)でスタンプ式。御朱印帳に直接押してもらえます。授与される場所はなんと、境内を出て寺町通を挟んだ斜め向かいにある「岡本鏡店」。
岡本鏡店
明治30年(1897)創業の老舗鏡店で、定休日を除く営業時間内のみの受付となります。まさか、このお店で御朱印が授与されるとは思わずに通り過ぎる人も多いことでしょう。岡本鏡店の前から火除天満宮を望むと、ビルと一体化しているのがよくわかります。
火除天満宮

繁華街の一角にある、知る人ぞ知るお宮さんです

ガイドブックにほとんど載らず、見落としてしまいそうなビルの隙間に立つ火除天満宮ですが、その歴史は深く見どころもいっぱいです。にぎやかな四条寺町にありながら、人混みを避けて心静かにお参りすることができそうですね。
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火除天満宮(ひよけてんまんぐう)
●京都市下京区寺町通四条下ル貞安前之町613 ●阪急京都河原町駅から徒歩3分