伏見の歴史を辿れば近世がみえる。古都探訪とは違ったもう一つの京都観光、伏見区を舞台にした歴史散策の数々。

天下を統一した豊臣秀吉が新たな拠点として開発を進めたことで重要度が増した伏見エリア。以来、江戸時代から明治、大正、昭和にかけて、この地を舞台にさまざまな出来事が起きてきました。京都市に含まれる行政区の一つでありながら、京都に対するものとはまた異なった眼差しを集める伏見区の魅力をまとめてご紹介します。

京都市には11の行政区があります。京都の中核たる上京区と下京区、かつての近隣町村だった岡崎村や太秦村等を編入して作られた左京区や右京区、あるいは戦後に上京区や下京区から分離した形の北区や南区などなど。そうした中で、少しばかり異彩を放っているのが伏見区です。江戸時代には京都の玄関口的なポジションを占め、幕末には歴史を動かすさまざまな事件の舞台となったエリアが伏見でした。明治〜大正期も、独自の路線で発達を続け、京都市にも匹敵する重要性が認められていました。伏見市という市制が施行されたのは、いずれ京都市と合併することが前提だったともされますが、順次併合されている周辺の町村部とは異なっているようです。そうした伏見区を、現代的な観光目線で眺めるとどうなるでしょう。京都観光のメインストリームは古都探訪という方向性になりますが、伏見区の特徴を考えると、古都に向かう眼差しではなく、近世から近代の歴史がクローズアップされます。そこに季節の彩りを添えてドレスアップするのが伏見観光の定番です。

酒蔵めぐり

伏見酒造伏見観光で、もっとも有名な設定となっているのが、おそらくは酒蔵めぐりではないでしょうか。月桂冠や黄桜など老舗の日本酒メーカーが蔵を並べ、特徴的な街並みを作っています。濠川沿いの白壁と緑の柳の取り合わせなど絵画的な美しさはさまざまな形で紹介されています。そうした街並みを歩いたり、記念施設(月桂冠大倉記念館、黄桜カッパカントリーなど)を訪れて試飲したりと、日本酒党にはたまらないツアーになっているのですが、このパターンも近世の産業史を紐解いていることに他なりません

近世史を歩く

これが幕末の動乱期になると、坂本龍馬ファンにとっては聖地の一つにも目されている寺田屋や、激戦の舞台となった御香宮神社などが見どころとなってきます。また豊臣秀吉が伏見の地に拠点を築いた時代を意識するのであれば、おのずと伏見城の遺構めぐりというところに関心が行くでしょう。伏見城の外堀が現在の濠川となっていたり、外堀の形状を活かした北堀公園など、往時を思い浮かべることのできる手がかりは随所に残されています。ちなみに、酒蔵めぐりと季節の彩りをいう場合は桜のシーズンがよく強調されるのですが、秋の楽しみを求めるのなら北堀公園の方がお奨めです。現代の都市公園とはいえ、まったく新しく造成された施設ではなく、地形や植生など古い時代のものを活用、再利用したものなので、古い時代との結びつきをよりリアルに感じ取ることができるはずです。

御香宮神社

上に挙げたスポットの中で、詳しく取り上げておきたいのが、御香宮神社です。御香宮神社は、創建年代を辿ることができない古社で伏見エリアの産土神として尊ばれていましたが、平安時代には香ばしい湧水が得られたことにより御香宮神社と呼ばれるようになりました。「御香水」と呼ばれ、参拝者が現代でも汲むことのできる湧水がそれです。こうした由緒の他に注目されるのは、伏見城の大手門を移築した表門や江戸初期の建築に掛かる本殿および拝殿など。さらに小堀遠州ゆかりの石庭もあり、建造物ファン、庭めぐりファンにとっても楽しいスポットと言えます。そして幕末、鳥羽伏見の戦いで火ぶたが切られた場所が御香宮神社周辺であり、境内には薩摩軍が陣を敷いていたこともあって激戦地中の激戦地となった場所です。

伏見稲荷大社と醍醐寺

伏見稲荷大社の千本鳥居さて、ここまで伏見エリアの歴史的な特性を意識しつつ行われる観光アプローチをご紹介してきましたが、空間的および機械的に伏見区を切り出した場合、ピックアップせねばならないのが伏見稲荷大社と醍醐寺です。前者は言わずと知れた稲荷信仰の総本山。もっともそうした習俗的な背景とは関係なく、千本鳥居が見せる幻想的な美しさを求めて海外から訪れる観光客が増えていることでも有名なスポットです。秋の彩りを求めるのであれば、千本鳥居を抜けてお山巡拝と呼ばれる行程(稲荷山の山中をぐるりと一周してくる参拝路)に入ってみれば、所々で美しい紅葉と出合うことができます。また後者の醍醐寺は世界遺産「古都京都の文化財」にも名前を連ねるスポットで、広大な境内では季節の味わいも存分に楽しむことができます。ただし、今年は台風の被害を直接受けてしまった関係から上醍醐の全面的な入山停止、下醍醐でも部分的に拝観停止が行われているため、訪れる前にホームページ等で最新の状況を確認する必要があります。